どっちが ぶきっちょなのなやら
          〜お隣のお嬢さん篇
 



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お仲間が全員声もなく 伸されていたその上、
女性たちではあれ、よく判らない異能を披露した新手二人の御登場とあって。
頼みの綱だった怪しい相棒が蒸散したのがとどめとなったか、
後ろ暗い癖に不遜の塊だったツナギ男は
その場に膝をついての崩れ落ちてしまい、通報されてもあんまり手を焼かせはしなかった。
其奴が “なんか怪しいぞ”と目を付けた上で泳がせ中だったのが、
芥川と太宰が保護した一匹の三毛猫さんだったらしく、

 “異能持ちなんてさほど知られちゃいないって 油断しまくってたってとこだろか。”

これは 旋風男へというよりも、謎の三毛猫さんへの独りごち。
日頃の生業は相変わらず知られちゃいないが、時折 内偵捜査にも首を突っ込むらしく、
某赤毛ののっぽのお姉さんが 実は死んだことになっている元マフィアの狙撃の名手なのと同じほど
限られた人の間でしか把握されてはない存在で。
太宰も誰ぞから明言されて知ってたというわけじゃあなく、
ただそのずば抜けた観察眼や記憶力などなどから拾ったあれこれを下敷きに、
何となく勘が働いてほのかに気付いてしまったという段階。
なので、そこのところまでもを芥川にでさえつらつらと語るわけにもいかず、
そんなせいで 不審なほどの無策のまんま、何の手も打てずにいたわけで。
そんなこんなは他の人間にだって話すつもりは無いものだから、
あんたたち二人がなんで手古摺っていやがったものかと、
寛いでいた自分たちがわざわざ呼ばれた段取りの乱暴さへ
不平たらたらになったのが 体術使いの姉様で。

 「大体、手前が何サボってやがんだよ。」

多少は艶っぽくも胸元など寛げているものの、
この季節でもかっちりしたマフィアの正装、黒スーツ姿でのご登場。
相手のチンピラがやや委縮したのは その出で立ちをチラ見したからでもあって、
反社会組織ほどの存在じゃあない たかだか学生崩れの半グレでも
これが何を意味するかは重々承知の、横浜の雄である看板代わり。
ご丁寧にトレードマークの帽子まで揃えて来たその上、
先程のひと悶着にて披露されたあれやこれやで、飛んでもない異能使いだというのも重々判ったらしく、
それでの観念しましたという意気消沈らしかったけれど。
実をいやぁ、こういう堅苦しい衣装で固めつつ、
銃も扱わないではないが もっぱら体術で相手を伸す女生で、
無能、もとえ一般人相手なら 職業格闘家であれ異能なぞ繰り出さずとも楽勝という恐ろしい御仁。
コンパクトなバランスながらも すらりとした脚がようよう映える、
セミタイトという窮屈そうなスカートに、ヒールのある靴を合わせ、
いかにも大人の装いが決まっておいでの赤毛の姉様。
禍狗の姫が意地になって庇おうとしたのだろう心情は酌むとしても

 「ああいう手合いには それこそ異能無効化がものをいうって明白だろうがよ。」

珍妙なアメーバもどきはともかくも、
それを相方としてた方は素人に毛が生えた程度の存在だったのだ、

 「異能を封じるなんてチ―トな異能があるとは知らなかっただろうし、
  日頃の悪知恵なり要領の良さなりを繰り出せば、いくらでも付け込めただろうに。」

異能が利かぬ理不尽な相手へ、本身の“腕力”で物理的に殴ることで相対している中也が、
いかにも腹立たしげに腰に拳を添えてのふんぞり返って、ちゃんと働けと言いつのる。
地上最強だろう“重力操作”という異能が通用しないならないで、
拳で直にぶっ飛ばせばいいという切り札をちゃんと持っているにもかかわらず、
ex, 例えば虎の子ちゃんを抱き込まれての楯にされ、此処で暴走すれば彼女ごと吹っ飛ぶかも
…なんて格好へ運ばれ、あっさりと封じられた事例は数知れず。
先程それは的確に敦に消去をさせたくらいで、正体も何とはなく掴んでいたのだろうに、
無駄に勘もいい、体裁きも常人よりは上というの、何でまたこういう時に使わぬかと、
言うべき人が言わないととばかりに つけつけと言いつのっている傍らで、

 「のすけちゃん、絆創膏あげようか?」

そんなして叱られ中の太宰がその傍らへ添わせたままな黒の少女の、
頬に受けた傷を気にしていたのだろう。
ポケットをまさぐりつつ あらためて歩みを進めた敦が
その懐を見やって あららと意外そうな声を出す。

 「あ、ミーちゃんだ。」

顔見知りだと言わんばかり、屈託のない声を上げたのへ、
おやと その視線を投げて来た中也も初めて気がついた。

 「…ほほぉ。」

何て特別な特徴もない、強いて言や きれいな毛並みの三毛の猫。
マニア級の猫好きでもないらしい中也が、だが、

 「…。」

何か引っ掛かったか、その双眸を見開いて、まじまじという念の入れようで視線を巡らせる。
何がどうと、それこそ確かめるような意味深な視線を太宰へと送ったわけでもないながら
そこまでの激していたテンションが鎮火レベルで立ち消えた辺り、彼女の側でも何かしらへ勘づいた模様。
くどいようだが (笑)、太宰だとてはっきりそうと誰ぞから告げられた身じゃあないが、
それでもこの不思議な三毛猫さんには 探偵社以前からの ちょっとした因縁もあったせいか、
何とはなく只者ではなさそうな正体に勘づいてもいるというところ。
そういう様々な抽斗を持つ身の元相棒が、意味ありげに抱えていた存在である以上、
無効化を使えなかった事情がそこにあるらしいというの、察した中也だったところも相変わらずで。
にゃ?と小首を傾げたお猫様へ、しょうがねぇなという色合いの失笑を向けておれば、

 「太宰くん、よろしいか。」

相変わらず 他の人通りはない中に、すべり込むよに響いたお声。
それぞれなかなかに華やいだ美人たち、元“双黒”の二人が視線を放れば、
地味ながら動きやすそうなスーツ姿の女性が路地の入り口からやって来ており。
いろいろと錯綜した事情から彼女らには顔見知り、眼鏡の女性が小気味のいい足取りで歩み寄る。
そちらも太宰が呼んだらしい、今や事務次官にあたる役職だという長付きの異能特務課の係官殿で、

 「お世話を掛けましたね。」

開口一番、そんな言いようをし、芥川の懐に収まっていた猫へ視線を落とした辺り、
やはりこのお猫様、そっちの筋のお務めで暗躍していたらしいという平仄がやっと合い、
身を伸ばしたのへあわわと、実はあんまり慣れのない芥川が取り落としそうになってた腕から、
軽快にひょいっと眼鏡のお姉さんの腕へ飛び移る。
あれれ?ミーちゃんに似てたけどなぁと小首をかしげる敦の頭を、
中也がポンポンと撫でてやっている前で、

 「それでは後は引き継ぎますので。」

異能力を違法行為に使うような事案は、異能特務課へ届け出るのが原則であるし、
そういった諸々、役立たずぶりつつも手配を整えてはいたらしい太宰が呼んだ彼女らだという流れなら、
あれこれと詮索したところで もはやこちらからはタッチ出来ない処理をされる。
移送車率いて到着したのへあとはお任せしたものの、

 『拾って来たらしい GPSを逆探知したら、
  このごろ名家の令嬢や子息ばかりが攫われていたその本拠を突き止められましてね。』

家名への詮索やら、何より我が子の無事をかんがみて
公に届けぬままでいたらしい被害者が4,5名出ていた連続誘拐。
その隠れ家に出入りしていた“猫”であり、
しかもその隠れ家というのが、新興外洋企業の密輸品専用の武器庫でもあったようなので、

 『下手に軍警へ偏った情報が届いていたら、
  武力突入を妨げるための人質にされかねなかったかもしれません。』

中途半端な通報は却って危険な案件だったようで、
相変わらず徹夜続きらしい、内務省の事務次官殿が、
そんな報告を届けてくれたのも後日のお話。
それと、ごく限った面子への付け足しがあって、

 『…ところで太宰くん。』
 『? なぁに?』

あの主犯に何か言ったんですか?
何かって?

『中原くんや探偵社のお嬢さんは、
 ややこしいペットを死なしたから消沈してるだけじゃないかって言ってましたが、
 そうじゃあない方向での怯えようというかしてるんですがね。』

『さぁあ、知らな〜いvv』

ただちょっと、そうちょっと根拠のない意地悪を囁いただけ。
いかにもな甘い声を作って、周りには聞こえないよう低い声音で、

 『小物でもあんたがやらかした罪は小さくはないの。
  そこのところをよぉく覚えておきなさいね。』

移送車に連れていかれようとしていたほんの刹那の隙をつき、

 『貴方の○○に呪いをかけたから、
  女と遊ぼうとしたら中折れして暴発するよ。間違いなくね。』

まあ、しばらくは警察の厄介になるんだから関係ないでしょうけども。
執行猶予がつきでもして早めに出てこようものなら、
こそりと近づいてあんたの馴染みのお姉さんにまじないを仕込んであげる、覚悟しなさいね、なんて
下品なお仕置きを言霊って形で吹き込んだだけ。
コロコロといかにもお嬢様っぽく無邪気に笑ったお姉様だったれど、

 『ああ、太宰のあれか。
  何でだか根拠はないが百発百中らしいと聞いてるぞ。』

 『織田さん…。』

to be continued.(19.05.28.〜)




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 *何か後始末が長々しちゃったんでもうちょっと続きます。
  それと、太宰さんにまたぞろ御下品なネタ振ってすみません。
  時に愁いのある顔をするよな楚々とした知的美人が
  そういうこと言っちゃうギャップが物凄く効果ありだということで。